「インフラの会社が、なぜ森を守っているんだろう?」
「エネルギーの会社が、なぜ家具を作っているんだろう?」
そんな素朴な疑問から、今回の取材は始まりました。お話を伺ったのは、サステナビリティ推進部の八木拓也さん。
東京ガスが歩んできた、20年以上にわたる「森づくり」の物語。そして、その根底にある「信頼」の作り方についてお聞きします。

八木拓也さん
2016年に東京ガス株式会社に入社。サステナビリティ推進部で気候変動対策などを経験し、2025年度より生物多様性の担当に。企業活動と自然環境との共生を実装する取り組みを推進している。
生物多様性を守るというミッション
八木さんが所属するサステナビリティ推進部は、総勢30名ほどの組織です。CO2削減や気候変動対策はもちろん、生物多様性の保全、資源利用の高度化などの環境テーマ、さらには共生社会の実現といった広くサステナビリティのテーマを扱っています。
その中で八木さんは今、生物多様性を担当し、長野県にある自社の社有林「東京ガスの森」をいかに活用していくか。という役割を担っています。実は、八木さんが生物多様性を担当するようになったのは昨年度から。それまでは4年ほど、気候変動対策やカーボンクレジットの担当をされていたそうです。
八木さん
「生物多様性の分野は、何も知らない状態からのスタートでした。国の動きに合わせてスピーディに動く必要があった気候変動対策の仕事に対し、生物多様性に関わる仕事は1年単位、あるいは数十年という長期のスパンの視点で計画を立てながら進める仕事です。今の仕事は『転職したようなもの』と言えるほど違うものでした」。

カラマツ林が「677種の楽園」に変わるまで
長野県御代田町にある「東京ガスの森」は、20年以上にわたって東京ガスが育ててきた広さ約194ヘクタールの森林です。でも、最初から豊かな森だったわけではありません。
八木さん
「弊社が森を取得するずっと前は牧草地で、それが人為的に植林され、カラマツ林へと姿を変えていた。2005年に弊社が森を開設した時は、すでにカラマツが樹齢40年ほどになっていました」。
そこから20年の間、東京ガスは、広葉樹を中心とする苗木の植樹や下草刈り、皆伐(かいばつ)・間伐を行うなどし、森の管理を続けてきました。
放置するのではなく、人の手を入れて管理することには意味があると言います。
八木さん
「象徴的なのは皆伐です。木を全部切ることは、一見するとネガティブに思えるかもしれません。でも、あえて一部を切り開くことで、そこが草原に変わるんです。すると、草原を好む鳥『ホオジロ』がやってきたり、珍しい植物である『オオヒナノウスツボ』が顔を出したりする。環境を変化させることで、また新たな生物がやってくるんです。森は環境にあわせて移り変わっていくものなのだと実感しました」。
東京ガスの森ではカラマツのほかにもヒノキやコナラ、クリ、アカマツなどが育ち、のべ677種もの多様な動植物が息づく豊かな森になっています。

地元の専門家と連携しながら森を守る
東京に本社がありながら、遠く離れた長野の森をどのように守ってきたのでしょうか?
八木さん
「東京ガスは森を所有している立場ではありますが、実際に森林の管理をしているのは佐久森林組合の方々ですし、生物多様性を高めるために具体的なことを考えたりしてくださっているのは浅間自然環境事務所の方々。地元のみなさんと一緒に森を育んできました」。
森ではいろいろなことが起きます。台風でトレイルウォークのための道に木が倒れるといったトラブルや、沢の水が少なくトイレの水が不足するといった問題など泥臭い課題もたくさん。そうした一つひとつを、地元のみなさんと相談しながら進めてきたと言います。
4月の開山と11月の閉山のタイミングには、必ず現地へ赴くという八木さん。その際は、森林組合の方々と直接顔を合わせ、一緒に森の様子を見ながら歩くのだそう。そうした時間を重ねながら、森を守ってくれているみなさんとの信頼関係を築いていると言います。
2025年に「東京ガスの森」は開設20周年を迎え、その年に環境省の「自然共生サイト(※)」に認定されました。
八木さん
「20年というのは、森の時間軸からすればほんの短い期間の出来事かもしれません。でも、地元のみなさんと弊社が地道に積み重ねてきたことが認められたことは、とてもうれしかったです」。
※自然共生サイト……民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られている区域を認定する制度。

「都市を森林の貯蔵庫に還す」ファニチャー
東京ガスはこのように森づくりを行っている一方で、森と都市をつなぐようなユニークな取り組みも行っています。それが「CARBON STOCK FURNITURE(カーボンストックファニチャー)」。
カーボンストックファニチャーは、「都市を森林の貯蔵庫に還す」ことをコンセプトにした家具プロダクトです。都市の近隣にある森林の木材を家具に利用していくことで、都市に多くの炭素を貯蔵。大気中のCO2削減に貢献し、その木材の産地である森林と都市の関係を結びつけようというもの。ベンチやローテーブル、カウンターなどがあり、オフィスや公共空間などで使用されています。
カーボンストックファニチャーは、子会社である東京ガスコミュニケーションズが中心となって進めているものですが、東京ガス浜松町本社ビルの会議室受付にも導入されているそうです。
八木さん
「カーボンストックファニチャーを体験した人からは、『ふわっと木の香りがして、気持ちがいい』といった声を聞きます。たしかに、無機質だった空間に温もりが感じられるようになりました。家具にCO2固定量の印字がされているので、その表示をきっかけに、来訪された方との会話のきっかけにもなっています」。
都市の空間で、“森”を意識させてくれるファニチャー。いつの日か、都市が森のような空気になる素敵な未来を想像してしまいます。

渋沢栄一から受け継ぐ「論語と算盤」のDNA
なぜ、東京ガスはこのように真摯に環境活動に向き合っているのでしょうか。その理由を尋ねると、八木さんは次のように語ってくれました。
八木さん
「インフラ企業特有のマインドがあるのかもしれません。私たちは、地域の土地を『使わせていただく』ことで事業を営んでいます。だからこそ、地域に恩返しをするというのは、組織の文化として当たり前のこととして根付いています。より、地域に近い部門ではオフィス周辺のゴミ拾いといった日常的な活動も含め、地域との共生を実感する機会が多い組織だと思います」。
東京ガスの創設者は、渋沢栄一です。彼が唱えた『論語と算盤(そろばん)』、つまり社会課題の解決と経済活動は両立すべきであるという考え方は、東京ガスのDNAとして深く刻まれているような気がします。
2025年に改定されたマテリアリティ(経営課題)でも、その姿勢は明確です。脱炭素やソリューション提供という「事業価値」の土台には、必ず「安心・安全・信頼」がある。そして、その「安心・安全・信頼」を支える取り組みの一つに「自然資本の保全」を位置づけています。

長い時間軸を「つなぐ」生き方
最後に、これから社会の主役となる若い世代に向けて、八木さんからメッセージをいただきました。
八木さん
「私はゆとり世代なので、個を大事にする教育を受けてきました。もちろんそれもすごく大事なのですが、森林にかかわるようになり、個を大事にする視点だけでなく、一歩引いて、社会の全体での自分の役割というものも考えるようになりました」。
長期的な視点も持つようになったと言います。
八木さん
「森の時間軸は、人間の人生よりもずっと長いです。何百年と生きる中で過去も未来もたくさんの人が森に関わっていく。だからこそ、長期的な視点を持って接することが必要だと、自然を前にして感じています」。
東京ガスが20年以上育んできた「東京ガスの森」は、地域との協力により、のべ677種もの動植物が息づく豊かな場となりました。
自然の恵みを事業に活かす企業として、地道に地域へ恩返しを続ける。
この長期的な視点での環境保全こそが、社会から信頼され続ける「基盤」となり、次世代へと豊かな自然をつなぐカギになるのだと感じました。

文 / GOOD NATURE COMPANY 100 編集部
編集 / maruyama hitomi