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香りに託す、10年後・20年後の風景と記憶|CARTA

福岡の街角に、ふわりと地域の記憶が漂う場所があります。

その名は「CARTA」。

かつて歌人が美しい情景を百人一首に詠んだように、地域の草花や風景の記憶を「香り」や「食」という形に編み直し、10年、20年先の未来へ手渡そうとしているブランドです。

代表の矢田部美里さんは、東京のベンチャー企業から宮崎へと飛び込み、今は九州の素材を「編集」して届けています。

彼女がなぜ、あえてリスクを取ってまで「風景」を形にし続けるのか。その心の奥にある物語を聞きに行きました。

矢田部美里さん
矢田部美里さん

東京生まれ。小学校時代をアメリカ・ロサンゼルスで過ごした帰国子女。新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社し、人事や事業領域を経験。その後、転職した株式会社リクルートでは業務改革などのコンサル業務に従事。2018年に宮崎県日南市に移住し、地域プロジェクトに携わる。2022年に株式会社CARTAを設立。

「まちづくり」の方がベンチャーっぽい

矢田部さんの人生の大きな分岐点は、2018年に宮崎県へ移住したことでした。

「ローカルのデザインやものづくりに興味が湧いていたタイミングで、『移住ドラフト会議』というイベントがあり、参加したんです。そこで宮崎県の日南市に1位指名をいただいて。それが縁で通うようになりました。」

当時の日南市の市長は、33歳の若さで就任した崎田恭平氏。精力的に活動する市長直下でまちづくりに携わる、地域おこし協力隊として働くことになりました。

矢田部さんがそこで目にしたのは、美しい飫肥(おび)城下町の街並み。そして何より、DeNAやリクルートといった名だたるベンチャー企業で働いてきた矢田部さんが驚いたのは、一人の行動がまちに影響していく規模感でした。

「何もない場所だからこそ、自分が何か一つやることのインパクトが大きい。それがまちを形作っていく規模感に、面白さを感じたんです。まちづくりの方がベンチャーっぽいなとも思って。だから、転職活動のような気分で移住を決めました。」

引用元:INDUSTORY CO-CREATION

時間をかけてでも、まちのためにできることを

日南市での活動は、地域の素材を使った商品開発や、空き家への事業者誘致など多岐にわたりました。補助金を申請し、ゼロからプロジェクトを立ち上げる日々。けれど、その中で矢田部さんはある「葛藤」を抱くようになります。

「まちにとっては、コンサルのような人よりも、パン屋さんやお花屋さんがある方がうれしいのかもしれない。まちづくりはITサービスみたいに半年や一年でリリースされるような世界線じゃなくて、10年、20年と長く、地道に取り組み続けることに意味があるんです。」

当時の日南市の飫肥は、飲食店が10店舗もないような状況。そのお店が仮に一つでもなくなってしまうと、まちには大きな穴が開いてしまいます。

「ここでは、『何屋であるか』ということが重要。自分の看板が欲しいと感じるようになりました。」

何屋でもないこと、そして、自分はこのまちで生まれ育っていないということ。この2つの葛藤を抱えながら、10年、20年かけてでも自分が取り組むことができて、まちにとってインパクトのあることって何だろうと、もがきながら考え続けていました。

香りに託した10年後、20年後の風景

協力隊の任期を終え、矢田部さんは福岡へと拠点を移します。そこで、何屋になるかの前にまず、「シンプルに物を作って販売し、売れれば売れるほどまちが潤う仕組みを作りたい」と考えるようになりました。

「コロナ禍でおうち時間が増え、香りの市場が伸びていました。一方で、地方では農家さんが6次産業で和精油(わせいゆ)を作っているけれど、販路が開拓できずに困っていたんです。よそ者目線の第三者として、良いものを編集して届ける。そう決めて、まずは『香り』に着目しました。」

ブランド名の「CARTA」には、百人一首への思いが込められています。昔の人が草花や風景を歌に詠んだように、自分たちも10年、20年先の風景を見据え、素材をプロダクトに起こして残していきたい。

CARTAの最初のプロダクトは、鹿児島の喜界島(きかいじま)で出会った「花良治(けらじ)みかん」の精油。

山椒のような独特の香りがするこのみかんを守るため、市役所を辞めてまで畑作りに取り組む農家さんの情熱に心を打たれました。

「この人の作った精油をより多くの人に届けることが、私の使命だと思ったんです。マーケットを作れば畑が広がり、島の産業になる。これは本当に、風景を守る取り組みだなって思いました。」

地域の風景を守るための仕組みづくり

多くの人に届けたいと想いを持って取り組んでいても、「すぐに大きなヒットになったわけではなく、少しずつファンを増やしていきました」と語ります。

百貨店でのポップアップ(期間限定店)は認知こそ上がるものの、安定した収入にはつながりませんでした。

「ポップアップだけでは、地域の素材を使い続ける仕組みがつくれない。だから、1年目から『いつか自分の店を作らなきゃ』と思っていました。」

そして、矢田部さんは実店舗を構えるという大きなリスクを取ります。

「リスクはなめ回すほど慎重に考えます。でも、最後はそれを取るかどうか、決めるのは自分。」

店舗ができたことで、メディアの注目が集まり、百貨店からも出店の声がかかるように。そんな新しい循環が生まれ始めています。

また、法人からも自然と声がかかるようになり、福岡の市木である楠を使った香りが福岡大名ガーデンシティで使用されたり、レセプションパーティーのギフトとしてCARTAの商品が利用されたりするようになっています。

「生きている植物図鑑」を守りたい

矢田部さんの話の中で最も心に残ったのは、喜界島に住む「伊地知(いじち)さん」というおじいちゃんの物語です。

伊地知さんは森の中に、島の固有種や在来種の柑橘を、誰に頼まれるでもなく自分で実験・交配して育てていました。そこはまるでジブリの世界のような、生きている植物図鑑。

「このおじいちゃんが亡くなったら、この森はどうなるんだろうって。おじいちゃんから『このシークー(柑橘の一種)の魅力を分かってくれる人に、何とかしてほしい』って託されたんです。」

シークーは喜界島の固有種で、学名がなく、集落ごとに異なる呼び方をされていました。矢田部さんはその香りに、おじいちゃんの「IJICHI」という名前をつけて商品化しました。一見、洗練されたおしゃれなパッケージ。けれどその中には、誰にも知られず消えていくかもしれなかった伊地知さんの情熱と、島の歴史が詰まっています。

「お金にならなくて、周りから意味ないでしょって言われても、80歳になっても守り続けている。そういう取り組みに、私は感動しちゃうんです。」

自分の地域のことを誇りを持って語れるように

CARTAがこれから大切にしていきたいと思っているのが、「不意に出会う喜び」です。

「地域の人が『うちのまちには何もない』と卑下するのが嫌だったんです。私がこんなに魅力的だと思って移住してきたまちなのにって。外部の人間がその価値を見つけ、かっこいいプロダクトにして世に出す。それに不意に出会うことで、地元の人が『あ、うちのまちにもこんなに良いものがあったんだ』って誇りに思ってくれるようになるかもしれない。」

それは、郷土に対するアイデンティティを形成する手助けでもあります。

「自分の国の文化や、自分の地域のことを誇りを持って語れる。それは生きていく上で、とても大切なことだと思うんです。」

美しいふるさとを、次世代へつなぐ

「美里(みさと)」という矢田部さんの名前。アメリカで暮らしていた子供の頃、母親から「名前の意味を聞かれたら『Beautiful Hometown(美しいふるさと)』だと答えなさい」と言われていたそうです。その言葉は、無意識のうちに自身の生き方に刷り込まれていたのかもしれません。

「日本の美しい風景の記憶を、未来に手渡す」は、CARTAが大事にしているメッセージとなっています。

現在は九州の素材が中心ですが、将来的には全国へと広げていきたいと矢田部さんは語ります。また、自治体とのコラボレーションを通じて、活用しきれていない素材を世に届けることにも意欲的です。

「店舗を増やし、商品を増やし、みんながハッピーになる状態を作りたい。課題は尽きないけれど、一歩ずつですね。」

九州の土地で育まれた素材をひと缶に。お茶や柑橘、胡椒や九州醤油まで——。各県の風土の個性を映した素材の味を詰め合わせ

インタビューを通して、矢田部さんは何度も「道半ばです」と繰り返しました。けれど、その瞳には、矢田部さんが守ろうとしている10年後の「美しい風景」が、はっきりと映っているように見えました。

CARTAが贈る「風景」は、ただの香りやお菓子ではありません。それは、誰かが守り抜いてきた情熱と、私たちがいつか忘れてしまったかもしれない故郷への誇りそのものなのでしょう。

CARTAについて 

日本の風景を、贈る。歌人たちが和歌に詠んだ日本の四季と風景。その感性を受け継ぎ、CARTA -カルタ- は地域に眠る素材や物語をすくい上げ、“日本の風景を、贈る”ことを使命に生まれました。わたしたちは「百人一首」から名をいただき、一枚一枚の札が時代を越えて想いを伝えるように、わたしたちも、一つひとつの土地の記憶をすくいとり、丁寧にかたちにして、世界へと手渡していきます。

公式サイトはこちら

文 / GOOD NATURE COMPANY 100 編集部
編集 / maruyama hitomi

写真提供 / CARTA

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