「捨てる」を「醸す」へ。常陸野の風土と紡ぐ、真摯な循環|木内酒造

茨城県の地で、200年以上にわたりお酒造りを続けている会社があります。

木内酒造。常陸野ネストビールを中心に、日本酒、ウイスキー、梅酒など、バラエティに富んだお酒を手掛けています。

2026年、日本で開催されたアジア最大級の蒸留酒の品評会「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション」で、ウイスキー造りを行っている八郷蒸溜所が、特別賞であるベストディスティラリー賞「ベスト・ジャパニーズ・テロワール」に輝きました。

この受賞が証明したのは、単なるウイスキーの美味しさではありません。木内酒造のものづくりに、常陸野の風土と文化がたしかに息づいているという事実です。

背景にあるのは、地域の資源を余さず巡らせる、真摯な循環の取り組み。今回は木内酒造でマーケティング・広報を担当されている村本さんにお話を伺いました。

常陸野ネストビールの誕生

「私たち木内酒造は、約200年前の1823年に創業し、最初は日本酒の『菊盛』というブランドから、お酒造りをスタートしました。転機になったのが、1994年頃のビールの規制緩和です。それまでよりも、もっと小さな規模でもビールを造っていいよ、というルールに変わったんです。これがきっかけとなり『常陸野ネストビール』が生まれました」

ビール製造量に関する法改正。それは日本全国で個性豊かなクラフトビールが誕生するきっかけとなりました。この時誕生したのが、可愛らしいフクロウのマークが描かれた「常陸野ネストビール」。その後日本だけでなく、世界中で愛されるビールへと育っていきます。

「ビールが様々なコンテストで高評価をいただけるようになり、種類も増えてきたところで、次になにが出来るかと模索した結果、2016年頃に始まったのがウイスキー造りです」

日本酒の蔵元が、ビールを造り、ウイスキーへ。その歩みは、一見華やかな挑戦の連続のように見えます。しかし村本さんの話を聞いていると、それは素材を大切に使い切りたいという課題への試行錯誤であったことが分かってきました。

ビール造りの裏側に隠れた「規格外」

「ウイスキー造りを始めたのは、もちろん次なる分野、ジャパニーズ・ウイスキー造りに挑戦したいという目的が一つありました。でも、実はもう一つ、すごく大きな理由があったんです。それが、ビールの原料になる麦芽のことでした。ビールに使用できる麦芽って、実は規定が結構厳しいんです。大量の麦芽の中には、どうしても規格外のものが出てきてしまって。それをどうにか有効活用できないのか、という課題がきっかけでした」

ウイスキーの原料はシンプルで、麦芽、酵母、水のみ。規格外の麦芽をどうにか有効活用できないかと考えていた時、ウイスキーという存在が浮かび上がったそうです。

「ウイスキーは原料がシンプルな分、色々な麦芽を使うことで、それがウイスキーの個性になります。そういう面白さがある分野なんですよね」

現在、そのお酒は『日の丸ウイスキー』と名付けられ、多くの人の手に渡っています。

地元の麦を、自分たちの手でお酒に変えていく

「実は茨城県って、すごく麦が穫れる『麦どころ』なんですよね」 

茨城といえばメロンや納豆のイメージが強く、麦の産地であることは、なかなか知られていないといいます。

「実は、昭和48年頃まで、茨城県は日本で最大のビール麦の産地だったんです。今でも、麦の栽培はわりと活発に行われています。フランスだったらブドウが採れてワインが有名だったり、新潟だったらお米が美味しくて日本酒が有名だったりしますよね。それと同じように、私たちにとっての最大の武器は、この土地で穫れる『麦』なんです。だからこそ、なるべく茨城県産の麦芽を使ったジャパニーズ・ウイスキーを造ることを目指しています」

それは木内酒造が掲げているビジョンとも重なります。

「私たちは単に新しい物づくりをすることよりも、ストーリーを大切にしています。常陸野という土地の個性を商品に乗せていきたいんです」

地元の麦を、自分たちの手で最高のお酒に変えていく。その想いを形にするため、木内酒造は2023年、「木内酒造 石岡の蔵」という独自の製麦工場を新設しました。お酒のもとになる麦芽を作る工程を自社で行う。それは、クラフト蒸溜所としては異例なことでした。

「自分たちで工場を立ち上げるというのは難しく、大手の会社を除くと、自社で製麦工場を持っている蒸溜所は珍しいと思います」

自社で製麦ができることは、ウイスキー造りに大きな変化をもたらすといいます。

「麦芽は商品の味を大きく左右するんです。それまでは、外部に製麦を依頼したり、輸入された麦芽を調達したりしていました。でも、自分たちの工場ができたことで、麦芽作りの全ての工程を自分たちで一貫して管理できるようになりました。『このお酒を作るには、こういう麦芽がいいよね』『この麦芽があるからこそ、こういう新しい商品が作れるよね』。そうやって、色々な可能性を自分たちで探れるようになり、細かい試行錯誤や挑戦が、自社の中でいくらでもできるようになったんです。本当に面白いですし、ものづくりとしての可能性がぐっと広がりました」

茨城県産の大麦を買い取って、自社で製麦することもできるようになりました。目標は、製品に使用する国産麦芽の比率を50%まで引き上げること。自社での製麦は、この土地ならではの商品作りを追い求めるための土台です。

そしてウイスキーの生まれ故郷である「八郷蒸溜所」にも、この土地の記憶が受け継がれています。筑波山の麓、青々とした緑が広がる美しい風景の中にぽつりと佇む印象的な蒸溜所の建物は、元々は公民館だったもの。 取り壊されてしまうはずだった、地域の思い出が詰まった建物を、木内酒造が最新の蒸溜施設へとリノベーションしました。

目の前にある土地の資源や歩みに光をあて、新しい価値へと生まれ変わらせていく。八郷蒸溜所にも、そんな木内酒造の真摯な循環が詰まっています。

命を巡らせ、食卓へ届ける循環の輪

木内酒造のこだわりは、お酒を造ることに留まりません。

「私たちの売り上げの半分以上を占めるのが『常陸野ネストビール』です。ビールを造る過程では、どうしてもたくさんの麦芽粕が出てきてしまいます。私たちはそれを、茨城県のブランド牛である常陸牛の飼料として、地元の畜産農家さんに提供しています」

ビールの麦芽粕は常陸牛へ、そしてウイスキーの麦芽粕は茨城県のブランド豚である「常陸野ポーク」の飼料に使用されています。

麦芽粕を食べて育ったブランド豚は、木内酒造で一頭買い。自社で製品化しています。

「私たちは、八郷蒸溜所の敷地内に『常陸野ハム BARREL SMOKEというハム工房を持っています。そこで仕入れた豚を自分たちの手でハムやソーセージに加工し、直営レストランや、色々な飲食店さんで、お客様に美味しく食べていただく。そういう流れを作りました」

八郷蒸溜所敷地内にあるビジターセンターでは、これらのハムやソーセージを、ウイスキーと一緒に楽しむことができます。お酒を造ることで生まれた麦芽粕を無駄にせず、循環させていくための取り組みです。

さらに木内酒造の循環の営みは、畑の上でも行われていました。

「私たちは地元で麦を栽培していますが、麦の収穫って、夏頃に終わるんですよね。じゃあ、秋から冬にかけての畑はどうするの?となったときに、その裏作として、そばを育てることにしたんです。収穫したそばは、私たちの酒造りの原点でもある『鴻巣の蔵』という場所のなかにあるお蕎麦屋さんで、お客様に提供しています」

循環は、地域にも広がっています。そのうちの一つが福来みかん。筑波山の麓で採れる、日本在来種の柑橘です。サイズはすだち程度と小さいものの、香りがよく陳皮として使われることも多い品種だそう。

「意図して育てているというよりも、筑波山の麓に自然と生えてきているみかんなんです。だから、住民の皆様にとっては収穫するのが大変というお悩みがありました。そこで木内酒造の社員が毎年収穫に行って買い取り、それを商品に使用しています」

目の前にある自然の恵みを、どうしたら一番美味しく、無駄なく使い切れるか。それを一つひとつ形にしていった先に、循環の景色が出来上がっていきました。そしてその循環は、茨城の土地を飛び出して、別な「もったいない」にまで、届き始めていました。

パンの端材が、香り高いジンに変わるまで

「実は最近、すごくおもしろい新しい取り組みがありまして」

村本さんは、楽しそうに話してくれました。それは、銀座の街から届いた、ある「もったいない」を解決するプロジェクトでした。

「パンの端材を使ったジンを、新しく生み出したんです。東京の銀座にティファニーがオープンした『Blue Box Café by Natsuko Shoji』があります。そこでアフタヌーンティーのサンドイッチを作る際、どうしても生まれてしまうのがパンの端材でした。それをどうにか活用したいというシェフの方の想いと、木内酒造のジン造りがコラボレーションしたプロジェクトです」

それは木内酒造にとってもはじめての取り組みでした。

「パンを蒸留してお酒にすることができるんだというのは、私たちにとっても発見でした。もちろん、パンだけでお酒を造るのは難しいので、ベースになるスピリッツを入れてはいるのですが、出来上がったジンは、小麦ならではのまろやかな穀物の香りがするんですよね」

パンの端材が、香り高いジンに生まれ変わる。その驚きは、すぐに色々な場所へと広がっていきました。 一つの良い取り組みが、次の新しい出会いを連れてくる。村本さんは、その手応えを感じているといいます。

「他のパンメーカーさんから『私たちのパンの端材も集めてお酒にしてほしい』というような、お声がけをいただくようになりました。良い取り組みを続けていくと、それに共感してくれるお客様や、新しく仲間になってくれるパートナーが、どんどん増えていくんだなということをすごく実感しています」

この風土とともに歩み続ける

村本さんの言葉からは、地域に根付き、たっぷりの愛情で取り組みの枝葉を伸ばしている様子が感じられます。実は村本さん自身は、茨城県の出身では無いそう。でも木内酒造で働いて茨城に住むようになってから、ある実感を強めたといいます。

「地域にある資源を生かして、新しい価値やブランドを育てることって、すごく大事だし、何より本当に面白いなと感じています。地域の活性化に少しでも貢献できることはやりたいと思っていますし、それによって木内酒造だけでなく、地域のブランド価値も高めていきたいと考えています」

その先に見つめているのは、ただ会社が大きくなることではありませんでした。

「私たちは200年という長い間、この土地でお酒造りをしてきた会社です。でも、代表の木内もよく言っているのですが、私たちは単にお酒を造るだけの会社ではありません。これからは『町おこしのリーダー』になれるような会社になっていきたいなと。そんな話を、社内でもよくしています。私たちの造るお酒や、色々な取り組みが、たくさんの人が茨城を訪れるきっかけになったら嬉しいですし、それによって、地域が元気に潤っていく。そんな未来を目指しています」

今あるものを大切に、無駄なく活かし、そこに新しい風を吹き込む。木内酒造の200年の歩みは、この豊かな常陸野の大地とともに、これからも、真摯な循環のなかで続いていきます。 

文 / GOOD NATURE COMPANY 100 編集部

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