効率ではなく「共生」から生まれる豊かなチーズ|新得共働学舎

北海道・十勝、新得町。雄大な「牛乳山」の麓にある新得共働学舎は、1978年に設立され、さまざまな生きづらさを抱えた人たちが、北海道の自然の中で共に働き、暮らす共同体。メンバーたちは牛や豚、鶏、羊、山羊といった動物たちと共に暮らしながら、農業やチーズ作りを営んでいます。

共働学舎は、1974年に元自由学園教師である宮嶋 眞一郎さん(1922-2015)が長野県小谷村で信州共働学舎を始めたのが始まりです。翌1975年、同じく小谷村山間部に真木共働学舎を設立、1977年に寧楽共働学舎(北海道小平町)、1985年に南沢共働学舎(東京都東久留米市)が設立され、現在は全国に5カ所のNPO法人 共働学舎が活動しています。

新得共働学舎のチーズは、微生物を生かした土づくりに始まり、その土で牧草を育て、伸びやかに牛を飼育し、搾りたてのミルクを長い時間をかけて自然に委ねることで生まれます。土、草、牛、そして人。そこから醸されたチーズは、牛乳山の風土と、そこに生きる多様な命の調和から生まれています。

今回お話を伺ったのは、新得共働学舎の代表である加藤 敬(かとう・たかし)さん。効率が最優先される現代において、あえて手間のかかる「自然の摂理のままの酪農」に取り組む理由。その根底にある「命」への想いと、土地に根ざしたチーズ作りについてお話を伺いました。

加藤 敬さん

1960年、東京都新宿区生まれ。自由学園卒業後、北海道農業専門学校(八紘学園)で2年間にわたり酪農を学ぶ。1984年3月より新得共働学舎にて酪農および飼料畑を担当。新得町農業委員会の会長代理などの公職を歴任し、2025年6月よりNPO法人共働学舎理事およびNPO法人新得共働学舎代表に就任。

酪農に適した「牛乳山」との出会い

新得共働学舎が酪農の地として選んだのは、標高約480メートルの「牛乳山」という名前の山でした。

加藤さん「正式名称ではないと思いますが、町の人は昔から『牛乳山』と呼んでいました。なぜかというと、ここにはもともと町営牧場があり、牛が山に放牧されていたんです。新得町はろうあ者のための施設や作業所がある福祉の町。新得共働学舎が今で言う『農福連携』のようなことを目指していたため、当時の町長さんがこの土地を貸してくれたという経緯があります」。

新得共働学舎が借りている草地の面積は全体で96町ほど(1町は約1ヘクタール)。そのうち約36町を放牧地に、約60町を牧草を採る採草地として充てています。この土地は牛乳山の南向きの斜面にあり、日当たりがよいのが特長。牛が日光浴でき、牧草も乾きやすい酪農にとって最適な土地です。

加藤さん「牛は高タンパクなミルクを出し、チーズ作りに向いているブラウンスイス種を飼育しています。足腰が強いので、牛乳山の斜面での飼育に適しています。暑さには弱いですが、放牧地には林を残した林間放牧をしているので、木陰に入れば日差しをしのぐことができます」。

こうした環境で作られたチーズは、世界規模のコンテスト「山のチーズオリンピック」に参加し、2003年に銀賞、2004年には最高賞を受賞。世界最高レベルのチーズとして認められました。

「山のチーズオリンピック」で金賞を受賞したソフトタイプのチーズ「さくら」。桜の葉の上で熟成し、仕上げに桜の花を乗せ、ほのかに桜の香りがする。

効率を捨て、牛の「命」に寄り添う

現在、新得共働学舎は約90頭のブラウンスイス種を飼育しています。飼育方法は日本では珍しい、牛をつなぎとめず、自由な場所で寝られるようにする「フリーバーン」というスタイル。

加藤さん「多くの酪農家さんは、1頭ずつベッドに入れるフリーストールという飼育方法を採っていて、このほうがスペースを効率よく使うことができます。ですが、ストレスなく寝起きができたり、好きな時に餌を食べられたりできるので、フリーバーンのほうが牛にとってはよい環境だと思ってます」。

新得共働学舎では、牛をただの経済動物として見ていません。1頭当たりの乳量を抑えていることもその一つのあらわれ。人間の経済的な都合に牛を合わせるのではなく、牛の「命」を尊重し、共生しようとする姿勢がそこにはあります。

加藤さん「現代酪農では1頭の牛から年間1万kg近いたくさんのミルクを搾っていますが、私たちはその半分の年間5000kgを目安にしているんです。乳牛はだいたい2歳から年1回子どもを産ませてミルクを搾ります。牛の妊娠期間は人間とほぼ同じで約10カ月なので、1回産むと、その2カ月後には次の子どもを人工授精でお腹に宿します。牛たちは常にお腹の中に子供を抱えながら、搾乳されるという過酷な仕事をしてくれているんです」。

牛の寿命は約20年とされる中、大量のミルクを搾られた牛は短命になりがちです。そして、1頭の牛から搾乳できなくなれば、次の新しい牛を迎える。新得共働学舎はこれとは異なる考え方で酪農に取り組んでいます。

加藤さん「牛は草食動物なので、私たちは穀物ではなく、牧草などの粗飼料を主体にあげています。年間乳量は少なくなりますが、長く飼育することで6産、7産、長ければ10産できるように育てる。生涯でどれだけのミルクを分かち合えるか。生涯乳量で考えていこうというのが私たちの酪農なんです。そして、1頭の牛をできるだけ長く、できるなら寿命まで飼いたいと思っています」。

乳牛として新得共働学舎へやって来た「カエデ」と加藤さん。カエデは現役引退後、加藤さんの飼い牛となり新得共働学舎の看板娘に。多くの方に親しまれ、19歳まで大往生した。

季節を映し出すフェルミエタイプ(牧場産)のチーズに挑む

新得共働学舎が作るチーズは、「フェルミエタイプ」と呼ばれる牧場産のナチュラルチーズです。私たちが普段口にしている市販のチーズとは、どのような違いがあるのでしょうか。

加藤さん「大手乳業メーカーのチーズは、成分を調整し、年間を通して品質が変わらないように作られています。一方、フェルミエタイプのチーズは、季節ごとに変化するミルクの質に委ねて作るのが特徴です。そのため、季節によって作るチーズの種類は変わりますし、同じ種類でも仕上がりが異なります。手間がかかる分、価格もどうしても高くなります」。

こうしたフェルミエタイプのチーズ作りの普及に尽力したのが、新得共働学舎の前代表・宮嶋 望さんです。日本ではほとんど知られていなかったこのタイプのチーズが、宮嶋さんのもとで学んだ人たちにより、今では各地へと広がりを見せています。

加藤さん「例えば、通年で作っているカマンベールタイプの雪、笹ゆきやプチ・プレジール(乳酸菌由来の風味が楽しめる酸凝固タイプのチーズ)でも、夏と冬では仕上がりが異なります。その違いに影響するのが牧草です。夏に青草を食べた牛のミルクは、ベータカロテンが豊富で黄色みを帯びる一方、脂肪やタンパク質はやや低くなります。対して、冬に繊維質の多い乾草を食べた牛のミルクは、色は白くなり、成分はより濃くなります。こうした違いを感じながら、季節ごとの味わいを楽しめるのが、フェルミエタイプのチーズなんです」。

均一化を求めがちな現代において、あえて不均一であることの豊かさを選ぶーー。そんな新得共働学舎のチーズは、微生物の力を生かす土壌づくりから始まっています。

加藤さん「牛の堆肥を中心に、鶏糞や魚粉、貝殻、サンゴの粉などを混ぜ合わせて、土の中の微生物を活性化させます。そうすることで土が柔らかくなり、ミミズが増え、豊かな牧草が育ちます」。

土壌づくりから始まり、牧草を経てミルク、そしてチーズへ。新得共働学舎のチーズ作りは、この一貫したサイクルで取り組むことに重きをおいています。

新得共働学舎のナチュラルチーズ。

微生物と共生するチーズ作り

新得共働学舎がチーズ作りに踏み出したのは、増えていくメンバーと共に自立した生活を送るためでした。加藤さんは当時をこう振り返ります。

加藤さん「設立当初から酪農は始めていて。ただ、当初は10人ほどだったメンバーが20人、30人と増えていく中で、みんなが生活していくためには、ミルクを出荷するだけでなく、自分たちで付加価値をつける必要がありました。それでチーズ作りを進めたんです。テキパキと仕事ができなくても、その人なりのペースで取り組めるパートもあるので私たちに合っていました」。

新得共働学舎のチーズ作りは、フランスチーズの最高権威であるジャン・ユベール氏の教えが原点にあります。

加藤さん「ユベールさんが最初に伝えてくれたのは、『牛乳を運ぶな』という言葉でした。搾りたてのミルクをそのままチーズにするのがベスト。輸送の振動やポンプの使用は、ミルクの繊細な脂肪球を傷つけ、ダメージを与えてしまうという教えです。だから私たちは牛舎の隣に工房を建て、土地の傾斜を利用し、重力だけでミルクが工房へ流れ込む『自然流下』の仕組みを整えたんです」。

しかし、食品を扱う工房を牛舎の隣に設けることには、衛生面という高いハードルがありました。


加藤さん「牛舎にはどうしても臭いやハエの問題がつきまといます。そこで前代表の宮嶋は、牛の餌に活性炭や土壌の発酵菌を混ぜる工夫をしました。糞尿の分解を早めることで、臭いやハエの発生を抑えることができたんです。自然の力を借りることで、理想的な環境でのチーズ作りが可能になりました」。

チーズはいわば「生きた食べ物」。発酵を担う微生物の力は欠かせません。

加藤さん「チーズを作るのは乳酸菌などの微生物です。だから宮嶋はよく、『微生物の邪魔をするな』と言います。作り手は常に微生物の声に耳を傾け、状況を見極めなければなりません。メンバーの中には初めてチーズに触れる人も多いので、マニュアルは必要。でも、季節によってミルクの状態は変化します。固まるタイミングやカットする瞬間、その見極めがチーズの味を左右します」。

マニュアル通りではなく、その時々の変化に人間が寄り添う。微生物と真摯に向き合うことで、ここでしか生まれないチーズが醸されているのです。

新得共働学舎のチーズ工房。

一人ひとりが力を出し合い、共に生きる

新得共働学舎は福祉施設ではなく、一つの共同体。現在約60名のメンバーが共に暮らし、メンバーには心身にハンディキャップがある人もいれば、そうでない人もいます。誰かが一方的に面倒を見る関係ではなく、みんなが自分の持てる力を出し合って生活をしています。

加藤さん「人間は基本的に不公平なものです。10の力がある人もいれば、1しかない人もいる。でも、その『1』が出せる場、どんなに弱い立場の人でも持てる力を発揮する場は作れると思うんです。そう信じてできたのが新得共働学舎です。一人ができることには限界がありますが、協力すれば道は拓ける。人と関わり合いながら、いかに自分の命を生かしていくかを私たちは大切にしています」。

新得共働学舎にある売店・カフェ「ミンタル」。チーズをはじめ、工芸品や農産加工品などを販売。

今の時代、この信念を実現していくのは、決して簡単なことではありません。それでも希望はあると加藤さん。

加藤さん「世の中がすごいスピードで変わり、価値観も変わってきている中で、私たちは50年前からのこの想いをブレずに守り続けたい。変わらないことの強さがあるんじゃないかと思っています」。

土を耕し、微生物を尊び、牛に寄り添い、人と人とが手を取り合う。新得共働学舎のチーズには、命が響き合う「共生」という名の、豊かな風景が宿っています。

新得共働学舎のみなさん。


文:GOOD NATURE COMPANY 100 編集部


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