今、失われつつある日本の原風景や豊かな自然環境。
この流れに歯止めをかけることは、国や一個人の活動だけでは難しいのが現状です。
2021年に開催されたG7サミットでは、2030年までに国土の30%以上を自然環境エリアとして保全する目標「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」が定められました。
そこで今、重視され始めたのが企業や地域による自然保護の取り組み。
国立公園や国定公園など、法律で自然が守られている従来の保護地域だけでなく、企業や地域がすでに所有している自然豊かな土地も保護しようという考えが広がっています。
つまり、これからは環境活動に積極的に取り組む企業を支援することが、健全な自然の再生につながります。
そんな時代に応援したい企業の活動を紹介するサステナビリティレポート。
今回取り上げる企業は株式会社竹中工務店です。
千葉県印西市にある竹中技術研究所「調の森SHI-RA-BE®」(以下、翔の森)は、緑地がもたらす価値を徹底的に研究・実証するフィールドだ。
長年、建築会社として都市環境に向き合ってきた竹中工務店の卓越した技術力が結集している。
緑地やグリーンインフラの本当の価値を考えたことがあるだろうか。
調の森では、最先端の研究と実践がおこなわれ、驚くべき成果が次々と生み出されている。その取り組みと成果を詳しく見てみよう。
調の森の景観は、千葉県印西地域がもともと持っていた特徴をとらえて設計されています。
千葉県北総地域の原風景である、野馬土手に代表される土盛りがつくり出す景観、イヌシデが優占する雑木林景観、脈々と受け継がれてきた草地景観など、今も残るこの地域らしい景観を参照し、場づくりに活かしています。
地域の景観や植生を調査し、県産の樹木を活用するなど、いわばその地域の景観をミニチュアで再現するかのような緑地づくりです。
調の森では景観だけでなく、樹木が持つ熱や風、光などの環境を調整する機能も含めて、その効果を最大限に発揮する配置が、科学的に研究されています。
たとえば樹木の配置によって、地表に届く太陽の光がどう変化するのかについて、2万パターン以上のシュミレーション結果を比較。
その他さまざまな評価項目から導き出された最適解に沿って、調の森はデザインされています。
美しさや環境など、自然界において最適な形といえる森を人の手で作る技術を探っている調の森。
その挑戦は、長い進化の過程で生み出された生物のあり方に学ぼうとする試みでもあります。
「最適な形」の究極は生き物の形だと思っています。生き物は気が遠くなる年月の世代交代と自然淘汰を経て、生存のために最適な形を導き出します。現状の最適化技術ではそのような生物進化の過程における膨大な情報の計算はできませんが、今後も技術を深め、生き物のような複雑で魅力的な「最適な形」を導き出せる技術を作っていきたいです。
引用:樹木配置の最適化技術
竹中技術研究所自然・生態環境部の藤原邦彦さんはこう語っています。
最適な緑地環境をつくる取り組みは近年注目が高まるネイチャーポジティブの考え方とも合致し、その実現に役立つでしょう。
※ネイチャーポジティブとは、自然環境の破壊を食い止めるだけでなく、回復させていこうとする考え方。
調の森では鳥類に着目し、多様な野鳥が棲める緑地づくりにも取り組んでいます。
都市において鳥類は、生態系ピラミッドの上位にあり、鳥がいる環境は生物多様性の豊かさを示す一つの指標となるからです。
多様な野鳥が棲める緑地づくりを支えるのも、膨大なデータ、シュミレーションといった科学的な視点です。
調の森の周辺地域に生息する鳥類を踏まえて、どんな鳥がどれくらい調の森に移り住めるかを予想し、目標を設定。
目標に沿って、生息に適した樹木を配置し、餌となる実をつける樹の植樹や、水浴びのできる小川を設けるなど、野鳥が暮らせる緑地づくりをおこなっています。
その結果、現在の調の森では、オナガやジョウビタキが水浴びをし、シジュウカラのヒナが巣立つ様子を見ることができます。
さらに、行動範囲の広い野鳥の生息状況などの研究は、都市全体といった大きなスケールでの緑地計画にも活用できます。
鳥類を指標とした技術は、一つの緑地、一つの森といった限られた場所に留まらず、広域的な環境づくりに貢献すると期待されています。
調の森では他にも、緑地がもたらす価値を高めるための多彩な取り組みが実践されています。
緑地の機能として、近年とくに重要度を増しているのが自然災害対策。
コンクリートで覆われた都市は、雨水が地下に十分に浸透せず、水害のリスクが高まります。
調の森に設置された「レインスケープ」は、この課題に応えようとする試みです。
レインスケープは、ゲリラ豪雨などで一度に大量の雨が降ったときにも、効果的に雨水を溜め、地下に浸透させる機能を持ちます。さらに地上部分の植栽が水質改善も担い、魅力的な景観も生み出す設備です。
調の森では、豪雨の際にレインスケープの効果を確かめ、安全で快適な都市づくりに役立てるための研究を続けています。
さらに緑地は、人と自然の関わりや、人と人とのコミュニケーションを生み出すコミュニティづくりにも欠かせません。
有機菜園エリアでは従業員やその家族も参加して、有機農業を実践。
調の森の養蜂エリアではセイヨウミツバチが飼育され、実際に蜂蜜を採取したり、養蜂体験ワークショップを開催しています。
引用:養蜂の取り組み
これらの活動は、自然環境の大切さや共生のあり方を学ぶためだけでなく、健康増進や、地域の人々も交えたコミュニティを築くためにも魅力的な仕掛けとなっています。
さらにユニークな取り組みが、健康的で快適なライフスタイルを実現するために屋外スペースの利用を促す「ソトコミ」のプロジェクトです。
ソトコミとは、くつろぎの場、コミュニケーションの場、仕事の場、飲食の場など、さまざまな屋外空間から自分にふさわしい場所を選ぶワーク・ライフスタイルのこと。
空間に設置されたセンサーから送られてくる温度、湿度、風速などのリアルタイムデータをもとに、屋外の空気中の花粉量や屋内のCO2濃度を可視化し、ソト空間の温熱快適性を示す「ソトワーク指数 ® 」を算出。
調の森で実証実験をおこなってきたソトコミプロジェクトは、大型集合住宅や商業施設で活用され始めています。
このように調の森では、緑地がもたらすあらゆる機能を、都市空間や人のライフスタイルに活かす方法を日々研究開発しています。
調の森でおこなわれる独自の研究や取り組みは、さらに多岐にわたります。
調の森の水域エリアでは、「環境DNA分析」という手法を用いたトンボの調査がおこなわれています。
環境DNA分析は従来のトンボ生態調査とは異なり、高度な専門知識が必要なく、DNAサンプルを採取するだけでトンボの種類や数を詳細に把握できます。
調査の結果、調の森には絶滅危惧種を含む十数種類のトンボの生息が確認されました。
緑地の維持管理においては、IPM(Integrated Pest Management:総合的病害虫・雑草管理)を活用。
適切な緑地の維持管理のためにこれまでは農薬や化学肥料が多用されてきましたが、IPMはその使用を最小限に抑え、生物多様性の保全や人の健康への影響を最小限にする手法として注目されています。
農薬や化学肥料に頼らない緑地の維持管理は、手間や時間と技術が必要で、そう簡単に継続できることではありません。
調の森ではIPMに基づいた維持管理の手引きを作成して実践し、長期的に健やかな自然環境づくりを目指しています。
企業による環境活動の重要性が高まり、生態系調査や適切な維持管理方法が模索され続ける中、調の森で培われたこれらの維持管理技術の重要性は、今後さらに高まることが見込まれています。
竹中工務店・調の森の環境活動はこちらをぜひご覧ください。
■参考・出典
text / yoko wakayama
edit / takuro komatsuzaki
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