札幌駅のすぐ目の前。ホクレンビルの地下1階に、その店はあります。
「ラーメン札幌 一粒庵(いちりゅうあん)」。
店名の「一粒庵」には、北海道を代表する農産物である小麦の“その一粒まで大切にしたい”という想いが込められています。
実際にお話を聞いてみると、この店が大切にしているのは、ラーメンだけではないのです。箸のこと。ニンニクのこと。農家のこと。北海道の食の未来のこと。
一杯のラーメンの向こうに見据えているのは、「100年後の北海道の風景」です。

今回は、「ラーメン札幌 一粒庵」を営むグラシアス有限会社の代表、大島陽さんにお話を伺いました。南極の海の仕事からビール醸造、そしてラーメンの世界へ。少し変わった経歴を持つ大島さんが、なぜ地産地消にここまでこだわるのか。その取り組みと根っこにある理由を聞いていきました。
地産地消は、まず「足元」を知ることから
――大島さん、今日はよろしくお願いします!最近は学校でSDGsの授業もされているとか。どんなお話をされているんですか?
大島: はい、よろしくお願いします。札幌商工会議所からお話をいただいてね。昨年まで2年間、SDGsに取り組む企業としてピックアップしていただいた縁で、中学生たちに授業をしてきました。 テーマは「地産地消」に絞ってお話しすることが多いですね。北海道って、食料自給率が200%以上あるんですよ。日本全体だと37%くらいなのに。それって、実はものすごい豊かなことなんだよ、素晴らしいことなんだよって。 でもね、札幌市内の子供たちって、親御さんがホワイトカラーの方が多いから、意外と「農家です」っていう子がいないんです。だから「地元の食材を選んで食べようね」っていう話をしても、都会の人に喋るような感覚になっちゃう(笑)。そこから掘り起こしていく感じですね。
――「地産地消」って言葉は知っていても、自分事にするのは難しいのかもしれませんね。
大島: そうなんです。だから、お母さんと買い物に行ったら「これ地元のものだね」って見つけるところから始めよう、とか。あとは、私たちが使っている「樹恩(じゅおん)割り箸」の話をしたりね。YouTube動画を見せたりして、なるべく記憶に残るように工夫しています。
1本4円の箸が、森と社会を繋ぐ
――その「樹恩割り箸」について、詳しく教えてください。一般的な割り箸とは何が違うんでしょうか?
大島: これは、国産の杉の間伐材を使っているんです。さらに、全国の障害者施設で袋詰めや加工をしてもらって、ハンデのある方の社会参加のチャンスを作っている。そういう「社会貢献」がセットになったお箸なんですよ。 私ね、若い頃は山登りに熱中していて。アドベンチャーだったんです(笑)。だから自然環境や日本の山の豊かさが大好きで、それを壊したくない。孫や子に伝えたいっていう思いが根底にあるんですね。
――素敵な取り組みですね。でも、コスト面では大変じゃないですか?
大島: リアルな話をしましょうか(笑)。このお箸、1本4円を超えるんです。消費税を入れると4円40銭くらい。飲食店が経費を削ろうと思ったら、中国産なら2円を切ります。昔は1円くらいだったから、半額以下ですよ。 経営努力として安くて美味しいものを提供するのは当たり前です。でも、あえて高いお箸を使うことが、どれだけ商売にプラスになるか……。正直、それは計り知れない。でもね、「もうそんなことは電卓を叩かない」って決めているんです。
――電卓を叩かない。お客様の反応はどうですか?
大島: 「お箸を使っているから繁盛する」っていう実感は正直ないけれど、このお箸、日本の杉だからすごく香りがいいんですよ。同じラーメンを食べるにしても、このいい香りがするだけで、本当に幸せになれる。わかる人にはね、わかってもらえるんです。かぐわしい日本の杉の香り。これだけで最高なんです。

中国産が75%を占めている、ニンニク復活へ挑戦
――「一粒庵」といえば、地産地消率が9割を超えていると伺いました。特にニンニクへのこだわりが凄いそうですね。
大島: ニンニクの話は長くなりますよ(笑)。世界で作られているニンニクの75%は中国産。圧倒的なんです。2位のインドと合わせると85%。日本産なんて本当にわずか。かつて昭和40年頃までは、北海道が日本一の産地だったんですけどね。日中国交正常化で中国産が入ってきて、品質も悪くないし、価格は5分の1。あっという間に北海道の農家さんは勝てなくなって、作らなくなっちゃった。でも、私たちはどうしても道産にこだわりたくて、何年も取り組んできました。
――具体的に、どうやって道産ニンニクを確保したんですか?
大島: 以前は、夏の収穫時期に無人販売所を回って買い集めるようなことしかできなかったんです。12ヶ月安定して手に入れるなんて不可能だった。でも、2020年頃に「南の杜高等支援学校」の生徒さんたちにお願いして、学校のグラウンドを耕して試験栽培してもらったんです。それがスタートでした。そこからご縁が広がって、今は美唄市の牧野さんという農家さんと提携しています。生産者指定で12ヶ月間、安定的に道産ニンニクを入手するルートを自力で開拓したんです。今ではそのニンニクを100%使っています。

工場の壁を越えた、一杯の「志」
――お店の味を家庭で楽しめる「袋麺」も展開されていますよね。そこでも地産地消を貫くのは大変だったのでは?
大島: 大変なんてものじゃなかったです(笑)。新しく刷新したパッケージに「北海道産ニンニクパウダー使用」という1行を入れるためだけに、丸1年かかりました。藤原製麺さんという大きな工場で作ってもらっているんですが、あそこは永谷園グループで、ものすごく衛生管理が厳しいんです。 「地元の農家さんのニンニクを使いたい」と言っても、工場の受け入れ規格に合わないと持ち込めない。パウダーにするメーカーさんと協力して、何度もトライアンドエラーを繰り返しました。「持ち込める材料」として認められるまで、1年かけてコンプライアンスをクリアしていったんです。

――1年かけて、たった1行のために……。
大島: そう。でもね、私はたまたま食品業界に40年以上いて、冷凍技術やビール醸造の知識もあった。その全ての経験を駆使して、ようやく壁をクリアできたんです。ラッキーといえばラッキーだけど、志がないとできないことですよね。農家さんの収入源を増やしたい。北海道の農業を元気にしたい。その一心でした。
ラーメンを「スローフード」へ昇華させる
――お隣の「タップルーム 泡と餃子」もユニークですね。ラーメン屋さんの隣にカウンターバーがあるなんて。
大島: これはコロナ禍での挑戦でした。もともとは製麺室だった場所なんです。2013年から1000万円かけて設備を入れて、自分で小麦の研究をして自家製麺を打っていました。でもコロナで飲食が壊滅的になって、考え方を変えたんです。「たった一人のお客様を、どこまで深く満足させられるか」って。 私はソムリエだし、ビール醸造士でもある。なら、まずは最高に美味しいビールと餃子を楽しんでもらって、最後にハーフサイズのラーメンで締める。そういう「マリアージュ」の体験を提供したい。ラーメン=ファストフードという概念を壊したかったんです。

――確かに、ラーメンで「締める」体験は最高ですよね。
大島: 今では、その体験を求めて世界中からお客様が来てくれます。スタッフもミャンマーや台湾出身のメンバーが増えて、インターナショナルになりました。味噌ラーメンって、実はビーガンやハラルといった世界のニーズに、1000年も前からぴったり合う食品なんですよ。味噌は世界に誇れる日本の食。それを札幌から発信していきたいんです。

100年後の北海道に、バトンを繋ぐ
――大島さんが描く、100年後の北海道の食文化はどんな姿ですか?
大島: 「素材に勝る調理なし」。これが私の信条です。豊かな生産力を維持して、次の世代へバトンタッチする。私はその一部分を担っているだけだと思っています。100年後のブランドを作るのは私一人じゃ不可能ですから、人から人へ、志を繋いでいくしかない。 素材の美味しさは、地球の自然環境から始まっています。SDGsのゴールは2030年だけど、それは通過点。北海道の豊かさがサステナブルであるために、自分ができるお手伝いをしたい。農家さんや漁師さんが、ちゃんと生きていける収入を得られるように応援したいんです。
――最後に、大切にされている「水」についても教えてください。
大島: 札幌の水は本当に豊かです。私は水源地まで実際に出かけていって、どうやって水が街まで届くのかを確かめに行きます。山登りですから、そういうの大得意なんです(笑)。その豊かな水を、さらに特別な浄水器で加工して、出汁の味を引き出す。サービスするお水一つとっても、高濃度処理した特別なお水をお出ししています。 一生懸命、美味しいものを作る。そして、一生懸命「美味しいよ」と伝える。それだけです。私が作った料理を喜んでくれる人が増えれば、より多くの食材を消費して、農家さんを支えることができる。そうやって100年後の風景を繋いでいきたいですね。

【編集後記】
大島さんの言葉からは、一杯のラーメンの背後にある「広大な物語」が伝わってきました。 4円の箸を選び、1年かけてニンニクのパウダーを作り上げる。 その気の遠くなるような積み重ねのすべてが、100年後の北海道の風景を守るための「種まき」なのだと感じます。 札幌駅前で啜るその一杯には、南極の海から続く情熱と、大地への深い感謝が溶け込んでいました。
写真提供:ラーメン札幌 一粒庵