株式会社アクポニのビジネスは、単なる一次産業にとどまらず、広範な産業に波及する可能性を秘めている。 アクアポニックス技術は、農業分野だけでなく、地域経済や他のビジネス領域にも影響を与え、企業の事業活動を持続可能かつ効率的に支える役割を果たす。
この技術によって地域全体の経済活性化が促進され、異業種間でのシナジー効果を引き出すソーシャルインパクトと今後の展望を紹介する。
株式会社アクポニ 代表取締役
宮崎県生まれ。商社や外資系IT企業で新規事業を担当。2014年にアクアポニックスの普及を目指す「アクポニ」を創業。2017年より渡米し、研究開発に従事。2019年に帰国後、神奈川県藤沢市でテクノロジーやデータを活用した生産実証を開始。現在、①最適なアクアポニックス生産設備の構築と栽培管理、②資源循環の可視化、③バリユーチェーンの最適化、の3つを軸とした技術開発と導入支援へ尽力している。
■地方産業とのコラボで未来はどう変わるのか
今後は地方の特産品や一次産業とのコラボを進めていきます。
たとえば、愛知県の一色という地域は、日本でも有数のウナギの産地です。かつては100件以上の養殖場がありましたが、現在は20件ほどに減っています。そんな中、鰻養殖と農業を組み合わせて新しいブランドを作る取り組みを進めています。
伝統的な鰻の養殖技術にテクノロジーを取り入れ、若い世代でも管理しやすくし、ウナギのブランド価値を高める試みです。
こうしたコラボは、仕掛けて進めているわけではなく、自然に声がかかって生まれることが多いです。
またある地域では、廃校を利用して地域農業とカフェレストランを組み合わせたプロジェクトが進行中です。
観光と連携させて、地方創生を目指す取り組みです。使われていない遊休不動産や収益が見込めない土地をうまく活用する点が、このプロジェクトの大きな特徴です。空き家やアパート、マンションが建てられない土地を活用することで、地域の活性化が図れます。
こうした動きは今後も増やしながら、特に若い世代が場所を選ばずに農業に取り組むことで、10年後の農業の未来が変わる可能性があります。
■次なる展開は新たな流通づくり。お客さんに思いを伝えられる場として直売所も視野に
もちろん、環境問題に強い関心を持っている人は、すぐに僕たちの野菜や魚を選んでくれると思います。でも、もっと広い層、例えば環境にそこまで興味がない一般生活者にどうやってブランドをアピールしていくのか、というのも重要な課題です。
現段階では試行錯誤の途中ですが、「出口を作る」ことが大事だと感じています。「アクアポニックスといえばこれ!」という明確なイメージを確立して、生産物に対してしっかりとしたブランドをつけていくことを目指しています。
今、東南アジアの方では、スイーツカフェの展開を進めています。こういった取り組みも、消費者にアクアポニックスの魅力をより身近に感じてもらうための一つの方法です。
また、将来的には「八百屋」を運営するというアイデアもあります。生産者であるだけでなく、直接お客様に思いを伝えられる場を作ることができれば、より一層ブランド価値を高めることができると考えています。
■アクアポニックスの大規模農場から産業化へ
私たちが目指しているのは、アクアポニックスという産業を日本に定着させることです。
具体的な事例として、岐阜に作った日本最大級のアクアポニックス農場「マナの菜園」があります。これは、会社としても実現したい形の一つであり、理想に近い形で具現化できている事例だと思っています。
アクアポニックスを社会の産業として確立するためには、ある程度の大規模化が必要です。
というのも、だいたい1500平米から2000平米ぐらいの規模が損益ラインだと考えており、3年目ぐらいになると、この農法だけで十分に採算が取れるようになります。
そういった規模のアクアポニックス施設を日本中に広げていきたいというのが、私たちの理想です。
現在は、小規模から中規模のアクアポニックス施設の設計や施工が主流です。ただ、それが理想ではないとか儲かっていないと言っているわけではありません。アクアポニックスの広がり方には二つの方向性があるんです。
一つは、規模を大きくして生産物の販売で利益を上げる、いわゆる農業的な方法です。
もう一つは、既存の産業にアクアポニックスを併設して、全体のシナジーを高める経営です。今は後者の方が多いですが、徐々に日本でも大規模化が進んでいます。
こうした大規模化が進んでいるというのは、私たちにとっても一つの目標であり、そこに着実に向かっています。
■アクアポニックス研修生たちの切実なニーズとは
実は私がアメリカに行ったときに、アクアポニックス農法を管理するシステムを絶対に作ろうと思ったんです。
アメリカで出会った研修生たちは、実はその国のエリートたちでした。北アフリカや中南米から多くの研修生が集まっていて、日本でいう農業実習生とは全然違うんです。彼らは、自国の一次産業の課題を解決するために、国から支援を受けてアクアポニックスを学びに来ているんですよ。
例えばある国では、乾燥地帯で95%の野菜を輸入しているという現状があります。また、陸上養殖を行わなければ、十分なタンパク質を確保できないといった課題も抱えています。しかし、陸上養殖には水質管理や汚染といった問題も伴います。
小規模な農家の周囲では貧困が広がっていて、彼らの収量を高めたいという切実なニーズがあるんです。
どの国でも同様のニーズが見られると感じました。日本からは私一人しかいなかったのですが、他国の研修生たちは本当に切実な問題を抱えて来ていたんですね。
日本は農業技術が非常に進んでいて、美味しい品種を作り出す育種とそれをしっかりと育てる細やかな生産管理技術があります。さらに工業で発展したファクトリー・オートメーション(FA技術)も日本が誇るものづくりの技術です。これを活かして、世界で通用するアクアポニックスのパッケージを作りたいと考えています。そうすれば、彼らはわざわざアメリカに行かなくても、ここ日本で学べます。
日本と世界との間には、まだ大きなギャップがあると感じます。国内での普及だけでなく、既にニーズのある海外への展開も視野に入れて取り組んでいくつもりです。
もちろん、日本を最優先に考えています。日本でしっかりと技術を広めて、確立した技術を海外に持っていきます。まだまだ日本でも実証を繰り返さないといけない部分や改善できるところが多くあるので、まずはそこが第一です。
実は、直近の3年間で36のアクアポニックス農園を作ってきました。中規模までの生産技術については、ある程度確立しています。現在、68品種の野菜と6種類の魚を生産実証済みです。
海外への取り組みも少しずつ進めており、特に東南アジアや中東にはニーズがあります。これらの地域にこの技術をどうやってインストールしていくか、ちょうどスタディを始めたところです。
3年から5年を見据えて、そういったことも並行して進めていきたいと思っています。ただ、もっと早く事業投資していきたいというのが本音です。
■農業の進化はなぜ遅いのか?
農業は工業と比べて進化が遅いと言われていますが、実際、その理由はさまざまです。たとえば、農業資機材の良し悪しを評価するには、最低でも1クール育ててみないと結果が出ません。
1回の実証だけでは結果がわからないことも多く、何度も繰り返す必要があります。たった1つの成果を得るのに半年もかかることがあるんですよね。
このままのペースで進んでいると、本当に10年スパンで物事を考えないといけないと感じています。だからこそ私たちはこの進化をもっと早めて広げたいという気持ちがあります。メディアや投資家に関心を持ってもらい、私たちの話を聞いてもらうことも大切な取り組みです。
■アクアポニックス普及のためには何が必要か?
アクアポニックスの農産物が広く認知され、選んでもらえるようになることが、生産者を増やす鍵だと思います。だから、アクアポニックス農法や私たちが作った生産物、さらにはその想いをしっかりとブランディングして届けていかないといけません。
具体的にはどうすればいいのかというと、アメリカと日本を比較すると、アメリカの消費者はアクアポニックスの野菜を選ぶ意欲が高いと感じます。アメリカのアクアポニックスの野菜は他の野菜と棚が違いますし、価格も2倍から3倍ぐらいで売られています。
ホールフーズのようにオーガニック商品だけを販売している店舗でも、アクアポニックス野菜が並んでいます。
また、アメリカでは、認証マークなどのラベルで差別化が進んでいます。安全なものや環境に優しいもの、地元で採れたものには多少高くても買う人たちが多くいます。
すると消費者の野菜に対するニーズが多様化して、生産者はそのニーズに応じたものを作るようになります。こうなると生産者の多様性も生まれ、流通にも影響が出てきます。つまり、消費者から変わっていくということでもあります。
しかし、日本の場合はどれがアクアポニックスの生産物かを見分けるのは難しいでしょう。だから認証マークを作ろうと思っています。
アクアポニックス認証を導入することで、消費者にわかりやすく届けられるようにしたいです。
最近はメディアに取り上げてもらう機会が増えてきましたが、それでもアクアポニックスを知らない人が多いのが現状ですから。業界全体の認証になるので、そういう意味でも各社としっかりと話し合って進めていくことが大切ですね。
私たちは全国に47の農園を展開しており、身近にアクアポニックスの農園があることで、認知が広がる機会にもなると感じています。観光や見学できる農園があることは、消費者にとっても身近に感じられる要素です。
アクアポニックス認証による認知度拡大を目指して、仲間を増やしながら企画を進めていきたいと思います。すでに40以上の支援先と深い関係を築いているので、さまざまな人たちの協力が得られると思います。
それに、共感してくれるいろんな仲間たちが集まって、より良いものを作っていこうという意欲があるのが弊社の強みです。
アクアポニックスを普及させていくのは大変ですが、誰かがやらなければ進まないので、私たちはその責任を果たしていきたいと思っています。
写真提供:株式会社アクポニ
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