大森葵
川本康生
松下美空
私たちは「表現が織りなす美しさ」をテーマに今回の国内研修についてまとめた。
瀬戸内国際芸術祭とは、瀬戸内の島々を舞台に、3年に1度開催される現代アートの祭典である。「海の復権」をテーマに掲げ、美しい自然と人間が交錯し交響してきた瀬戸内の島々に活力を取り戻し、瀬戸内海が地球上のすべての地域の『希望の海』となることを目指し、開催している。
そして、国内研修の行き先として選ばれたのが、ちょうど開催中の瀬戸内国際芸術祭であった。どのようなイベントなのか興味半分の気持ちではあったが、実際に歩いてみるとその世界観に引き込まれ特別な時間を過ごすことができた。今回会場である17エリアの内、我々が訪れた男木島、女木島、小豆島の三島について紹介をしていく。
高松港からフェリーで約40分、瀬戸内海を渡った先に浮かぶのは、小さな島「男木島」である。港に近づくと島の斜面に家々が折り重なり、坂道が迷路のように入り組んだ独特の景観が特徴である。人々の営みと歴史がぎゅっと詰まっているような雰囲気が漂っているようにも感じる。フェリーを降りてすぐに迎えてくれたのが「TEAM男気」による作品「タコツボル」。

巨大なタコ壺にフジツボが付着し、足元にはタコの吸盤を模したオブジェ、そして頭上では色とりどりの旗が風に揺れている。力強くも遊び心のあるこの作品は、まさに男木島のシンボルである。古くから“タコの島”と呼ばれ、潮流に揉まれて育った身の太いタコは島の誇りでもある。長年続けられてきたタコ壺漁への愛着が、このアートに込められているんだと思うと単なるオブジェではなく暮らしの延長にある作品として胸に響いた。島の物語とともに生まれたからこそ、風景に自然と馴染んでいる。
タコツボルを離れ、急斜面を歩いていくと突然カラフルな壁画が現れた。眞壁陸二さんによる「路地壁画プロジェクト wallalley」である。

島で集めた廃材や廃船を再利用し、そこに海や空、木々を感じさせる色やシルエットを描いた作品が外壁に設置されている。鮮やかな色合いが古い建物の壁に寄り添うように存在していて、アートでありながら島の風景の一部に見えるのが不思議であった。近づいてよく見ると、小さな人の姿が描かれていたりと細部にも物語が隠されていて、見れば見るほど発見があるのも楽しいポイントである。この壁画は4箇所点在しており、散策しながら「次はどこにあるのだろう」と探す楽しみもある。ただ展示されているのではなく、島そのものを歩くことで完成する作品になっているように感じる。
男木島のアートはどれも派手に自己主張するのではなく、島の歴史や暮らし、自然と静かに対話しているようだった。訪れる人々にとっては新鮮で驚きのある風景であるが、島の人々にとっては日常の延長線上にあるもの。そんな“島に溶け込んだアート”が美しさを引き立たせているのだ。
男木島からフェリーに乗り、揺られること約20分。次に姿を現したのは、昔から「鬼ヶ島」と呼ばれてきた女木島である。桃太郎伝説ゆかりの島として知られる一方で、鬼の文化や自然が豊かに残り訪れる人々を魅了する不思議な雰囲気を持っている。港に降り立つとどこか懐かしい静けさが漂い、海風に混じって歴史の記憶まで感じられるようだった。そこから徒歩でおよそ25分、海辺に建つ白い建物に到着する。男木島では集落全体にアートが点在していたが、女木島では建物の内部に作品が展示されている点が印象的である。
建物に入ってまず目に入ったのは、2階へと続く階段。その先からは微かにシンバルの音が聞こえてくる。音に導かれるように進むと、そこには一風変わった部屋が広がっていた。中央に設置されているのは、なんと大きなブランコである。中里繪魯洲さんの作品「ヨガ教室―瞑想するブランコ 転がる景色―」である。

ブランコに腰を下ろしゆっくりと漕ぎ始めると、頭上の天井に取り付けられた車輪が歯車のように回転し、シンバルやベルの澄んだ音色が部屋中に響き渡る。その仕組みは単純でありながらも、音の広がり方や響きが妙に心に染み入ってくる。窓の外には瀬戸内海の青い景色が広がり、ブランコの揺れと重なって景色までもが流れていくように感じる。日常の時間の流れから切り離され、心が静かに解き放たれる瞬間だった。作品に「ヨガ教室」という名が付けられていることにも納得がいく。
体を揺らしながら自然の音と景色を感じることで、心を落ち着け、瞑想するような感覚を得られる。タイトルを見た後に作品に触れることで、作者が思う美しさについて触れることができる。
続いて1階へと降りると、さらに不思議な体験が待っていた。ある扉を開けると、そこは外の光が一切届かない真っ暗な空間である。目が闇に慣れてくると、ガラスでできた塔や雲が、光を受けてキラキラと浮かび上がる幻想的な光景が広がっていた。柳建太郎さんの「ガラス漁具店」という作品である。

漁師でもある作家が「大気で空想を釣り上げる」というコンセプトで制作したという。天井からは釣り針が垂れ下がり、まるで見えない魚を狙うかのように空間を漂っている。ガラスでできた雲は厚さわずか0.2mmという極限まで薄い造形で、その繊細さには驚かされた。壊れそうであるのに、光を受けると柔らかさと力強さを同時に放っているのが不思議である。
さらに印象的だったのは、ガラスの塔が一つの固定的な「形」ではなく、自由に変化する存在であるということだ。ある部分を取り外すと、それがワイングラスに姿を変えたり、釣竿になったりする。塔を「塔」としてしか見ない視点の狭さを揺さぶられ、ものごとを多面的に捉える重要さを体感することができた。単なる展示物としての美しさにとどまらず、タイトルを知ることによって発想や視点に変化もたらすアートであった。
女木島のアート体験は、男木島とはまた異なる発見と学びを与えてくれた。自然や歴史とともに、建物の内部で体感するアートが心に深く響く。ブランコの揺れと音がもたらす瞑想のひととき、暗闇に浮かぶガラスの光景が教えてくれる柔軟な視点。どちらも日常の感覚を揺さぶり、心を解放してくれる貴重な時間であった。
小豆島を訪れたとき、最初に出迎えてくれたのは金色に輝く《太陽の贈り物》(チェ・ジョンファ)。
オリーブで名高い島の玄関口に立つこの作品は、オリーブの葉を王冠の形に仕立てた巨大な輪。金色に光る円環の向こうに広がる海を眺めると、まるで島全体が光に包まれているように感じられた。瀬戸内に来た喜びと、これからのアート巡りへの期待を高めてくれる最初の一歩である。タイトルを知る前は、単に「歓迎のシンボル」のように見えたが、「太陽の贈り物」と知った後には、島の光や自然そのものが訪れる者への祝福として差し出されているように感じられ、作品の輝きにいっそう温かみを覚えた。

次に訪れたのは《対極の美ー無限に続く円ー》(コシノジュンコ)。
ファッションデザイナーである彼女が提唱する「対極の美」は、異なるものが並び立ち調和する姿を表している。3Dスキャンで造形化されたドレスのような円形の構造物が幾重にも重なり合い、まるで自然の波紋のよう。人間の合理と自然の摂理が溶け合う姿に、島という舞台だからこそ際立つ普遍的なテーマを感じた。タイトルを知る前は、ただ美しい造形の重なりとして見ていたが、「対極の美ー無限に続く円ー」という言葉を意識すると、相反するものが調和する様子や、人と自然の共存という深いメッセージが浮かび上がり、静かな迫力を感じた。

続いて出会ったのは《再び…》(キム・キョンミン)。
小豆島に滞在し芽生えた感情を言葉に置き換え、それを水に落としたときの動きを金属で表現した彫刻である。静かな佇まいの中に、島の空間と感情が重なり合うような不思議な響きを感じ、鑑賞者自身の記憶や感情も呼び起こされていくようだった。タイトルを知る前は、ただ柔らかな水の動きを閉じ込めたような抽象的な金属の造形に見えたが、「再び…」という言葉が加わることで、作者の再訪や再会への思い、時間の循環といった物語が重なり、作品が語りかけてくるように感じられた。

そして印象的だったのが、《いっしょに/ともだち》(スタシス・エイドリゲヴィチウス)。約2メートルの大きなオブジェが向き合い、助け合う姿や横顔のドアを表現している。「人と人が共にあること」や「つながりの大切さ」を、シンプルでありながら深い形で伝えてくれる。小豆島という島の共同体の歴史や、人と人とが支え合って生きることの普遍性を感じずにはいられなかった。タイトルを知らなかったときは、形の面白さや配置の調和に目が向いたが、「いっしょに/ともだち」と知った後は、向き合う姿がまるで語り合う人々のように見え、温かな人間関係の象徴として心に残った。

《抱擁・小豆島》(ワン・ウェンチー)は、作家が再び島を訪れた際に「小豆島が自分を抱きしめてくれた」と感じた思いを作品に込めたもの。中に入ると、不思議と心が落ち着き、島の自然や人々の温もりが身体に溶け込んでいくようだった。アートを通して「場所が人を迎え入れる」体験ができたことは、旅の中でも忘れられない瞬間である。タイトルを知った後改めて見ると、曲線の構造や包み込む空間がまさに「抱擁」の形に感じられ、作品そのものが島の優しさを具現化しているようで、心の奥が静かに温まった。
最後に訪れたのは《Inner Light -Floating Houseboat of Setouchi-》(木戸龍介)。
かつて瀬戸内で使われた木造の家船に、細胞やウイルスの形が彫り込まれ、無数の空隙(ヴォイド)が生まれている。役目を終えた船に光や風が通り抜ける姿は、失われゆくものが新たな意味をまとって再び息を吹き返すよう。休港となった草壁港に立つこの作品は、過去と現在、記憶と未来を結びつける象徴でもあった。小豆島のアートは、自然や人の営み、失われつつある記憶までも作品に取り込み、鑑賞者に「今ここにいる意味」を問いかけてくる。
作品を巡り歩くうちに、ただの観光以上に、自分自身の内面や人とのつながりを見つめ直す旅になっていた。タイトルを意識して見直すと、「Inner Light(内なる光)」という言葉が、船体を透かして差し込む光そのものと重なり、過去の記憶が未来を照らすという深い象徴として感じられた。

瀬戸内国際芸術祭を巡る旅は、単なる観光ではなく、島の自然や歴史、人々の営みと深くつながる特別な体験であった。男木島では暮らしと一体化したアートに島の誇りを感じ、女木島では、ブランコやガラスの作品を通じて心を解き放ち、新しい視点を得ることができた。さらに小豆島では「太陽の贈り物」や「抱擁・小豆島」などの作品を通じて、失われゆく記憶や人と人とのつながりに触れることができた。
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